Part 3 の はじめに
2011/03/30
「マイクの友だちと家族」「タケシの留学」それぞれの Part 3 「はじめに」のセクションに掲載したものと同じものを以下に掲載させていただきます。
→ M & H の電子書籍の詳細 へ
「英文法が苦手なんですけど、英語を話すのは無理でしょうか?」と聞かれることがあります。そういう質問をする人の多くは、関係代名詞が理解できなかったとか、試験の出来が悪かったというような体験を過去に持っていて、それが苦手意識につながっているようです。ところが、そのような過去の体験を持っているにもかかわらず、大人になってから英語を学び直して話せるようになった人はいますし、それどころか仕事で英語を使っている人の中には、社会に出てから英語が必要になり、学び直した人の方が多いような印象を受けます。また、英文法の試験で高得点を取る人が必ずしも上手く話せるわけでもなければ書けるわけでもないということは、いったい何を意味するのでしょうか。こうした事実に突き当たると、何のために文法を勉強するのだろうかと改めて考させられます。
母国語は文法を知っているから話せるのではありません。文法を学ばなくても母国語は自然に話せるようになります。外国語も母国語と同じように自然に話せるようになれば楽だろうと思うのですが、そういうわけにゆきません。外国語を使う機会を母国語と同程度に増やせたら、自然に話せるようになるのかもしれません。ところが外国語を学ぶ頃には、他人とコミュニケーションをとるときにはもちろん、ひとりで考えごとをするときでさえ母国語で考えるようになっています。母国語の思考回路ができ上がっていて、外国語を使う機会を容易に増やせない状態です。そういう状態の中、外国語を使う機会を作り出して練習していくわけですから、外国語を学ぶのにかけられる時間は母国語にかけてきた時間に到底、及びません。それに加え、外国語は学ぶ必要を心から感じさせるものではありません。たいていの場合は母国語だけで十分生きていけるという甘えがどこかにあって、外国語を学ぶことに必死になれません。時間をかけられないし、既存の思考回路が邪魔するし、母国語に頼れば何とかなるという甘えがどこかにある中、外国語を学ぶには、努力して時間を割き、意識して取り組まなければなりません。
外国語の学びに意識的に取り組むために、学ぶ対象を明確にしようとして言語構造を分析した結果、発見された規則性を文法と呼ぶようになり、そして文法を学びに活用するようになりました。規則ごとに表現をパターン化すると覚えやすくなり、表現ひとつひとつをバラバラに覚えるより、整理して系統的に覚える方が学習時間を短縮できます。また、ひとつのパターンに新しく学んだ語彙を当てはめるというやり方で、何通りもの表現を作れるので、表現力を豊かにすることもできます。文法を利用して表現をパターン化することで、外国語の学びにかける時間を短縮しようというわけです。
さらに、文法を学ぶと外国語表現の間違いに気づくようになる効果があることもわかってきました。外国語を話すときは、どうしても間違う頻度が高くなってしまいます。母国語を話すときに間違うことなどないような気がしますが、間違った言葉が口をついて出てくることは誰にでもあります。するとたいてい、変なことを言ってしまったと気づき、言い直します。普通はこう言うべきだという基準がはっきりしているので、基準から外れると変だと気づくのです。それは頻繁に使う母国語だからこそ、はっきりした基準が持てるのですが、外国語の場合、かなり上達しなければそうした基準を持つには至りません。よほど言葉を使い込まないことには、普通はこう言うものだと断定できる領域に到達しないのです。そこで文法のルールに照らし合わせて、ルールに合わないから間違いだとか、学んだパターンと違うから誤りだと判断できるように、文法を学びながら、その文法パターンの文例を暗記するわけです。
そうしたことを繰り返すうちに、学んだルールやパターンに合致しないと間違ってしまったと気づくようになります。さらにその誤りを正して言い直せるようになると、外国語を話す力はそれ以前に比べて急速に伸びるということがわかっています。一般的に、外国語を学び始めたばかりの初心者は自分の間違いにめったに気づきません。ところが、文法的ルールやパターンを意識しながら表現を覚え、覚えた表現を使って話す練習をするうちに、自分で自分の間違いに気づくようになります。このレベルに達して初めて、文法的ルールを運用できるようになったと言えます。そして次の段階、すなわち、話しながら自分の間違いを自分で訂正できるレベルに達すると、外国語を話す力は飛躍的に伸び始めるのです。
文法が役に立つのは話すときだけではありません。書き言葉でも、文法は重要です。話し言葉と書き言葉では文法のルール自体が若干異なる部分がありますが、自分の書いた外国語の文章を読み直し、間違いを訂正するには文法の知識が必要だという点は、話し言葉と変わりありません。また、外国語の文章を正確に読むのにも文法の力が必要です。こうしたことから、文法が外国語の学びに欠かせないことがわかります。
「英文法が苦手なんですけど、英語を話すのは無理でしょうか?」と尋ねる人が気にしているのは試験の出来不出来であることが多く、文法を運用する力ではありません。学校の授業では、ひとクラスの人数が多ければ多いほど、生徒ひとりあたりの話す練習にかけられる時間は短くならざるをえません。授業中に文法事項を理解できたとしても、その文法のパターンを活用して文を作り、そのパターンの表現を自分の言葉として使って話す練習に、どのくらい時間を割けるでしょうか。学んだパターンを活用して表現を作れるかどうか、その表現を使って話せるかどうか、誰かに話して確認する時間はどのぐらいあるでしょうか。授業中に英作文をするように指示されることがあっても、たいていは指名された生徒が英訳したあとに模範解答が示され、それで終わりなのではないでしょうか。そして、文法問題が出題されたペーパーテストでルールを理解しているかどうかが試されるのです。文法問題に正解できたというだけでは、学んだルールを話す際に運用できるのかわかりませんし、それができない限り、話す力が上達することは望めません。話す力の上達に必要なのは話す練習であり、文法を運用する力なのです。
試験ができたとか、できなかったという過去の経験は忘れて構わないと思います。英語を学び直したいと本当に願うなら、一から全てやり直す覚悟で始められるはずです。英語を学び直すうちに、学校で習った文法事項を思い出すこともあれば、今まで知らなかった文法的ルールやパターンに出会うこともあるでしょう。どちらにしても、話す力を伸ばしたいのなら、それぞれの文法的ルールが、どういうように活かされてこの表現になるのだとパターンを確認しながら、その表現を覚えるように心がけてください。人によっては文法の説明を理解するのが苦手で、理解できない文法事項があるかもしれません。それぞれの文法項目は理解できるに越したことはありませんが、理解できないからと言って諦める必要はありません。たとえ理解できなくても、その文法のパターンを使った文例をいくつかまとめて覚えるようにしましょう。そして覚えた表現を使って話してみましょう。覚えた表現を使って話す練習を繰り返すうちに、自分の間違いに気づくようになったと感じられるなら、それは進歩だと言えます。間違った瞬間に言い直せるようになれば、さらに大きな進歩です。話してみては間違い、間違ってはそれを訂正するという試行錯誤を重ねながら外国語を話す力は上達するものなのです。
2011年2月 著者