6. “A or B?” “A(名詞), please.” : イントネーション
2009/12/16
まず、前回の上昇調イントネーションの復習をしよう。上昇調のイントネーションは、主に判断を相手にゆだねるときに使い、なだらかに上昇することが特徴である。トーンが上がり始めるのは文末、あるいは句末の文強勢のところである。すなわち、文末や句末の内容語のアクセントの位置からトーンが上昇し始め、文末や句末にかけて徐々に上がっていくのが上昇調イントネーションである。
それでは、下降調イントネーションとは、どういうものだろうか?
*文を言い切って、そこで文が終わることを告げる。
*自分の意志をはっきり伝える。
*新しい情報を相手に伝える。
日本語なら「です」「ます」「だ」などの助動詞が担う働きを、英語では下降調イントーネーションが引き受けていると言ってよい。その音の特徴はトーンが急降下するところにある。トーンの変化する位置は、上昇調と同じく文末や句末の文強勢のところ、すなわち、文末や句末の内容語のアクセントの位置である。
最後の文強勢のあとにシラブルがあれば
のような形になり、文強勢が文の最後のシラブルにあるならば
の形になるというのである。
日本語では助動詞を使い分けることで表す意味を、英語ではイントネーションで表現するので、一見、同じように見える句や文も、意味が違うことがある。たとえば、“名詞, please” という句:
上昇調と下降調のイントネーションの意味合いと特徴を念頭におきながら、次の会話をを聞いてみよう。下記のサンプル音声は銀行で口座を開設したいという客に、銀行員が口座の種類を尋ねる質問と、それに対する 客の応答の音声である。
サンプル音声 1 銀行員:Checking or savings? (Checking or savings.mp3)
サンプル音声 2 客:Checkings, please. (Checking_please.mp3)
そこで客は “Checking, please.” 「当座預金口座をお願いします」と選択している。イントネーションは、
とコンマの前を下降調にして、自分の意志をはっきりと示している。大事なのは、コンマの前の情報である。ここを上昇調にすると判断を相手にゆだねることになる。ここでは「当座預金口座をお願いしていいでしょうか」と選択の判断を銀行員にゆだねることになる。名前を言うか言わないか、判断を相手にゆだねる “Your name, please?” と同じイントネーションになるのである。
聞き手の耳には、後ろの音ほど残るので “〜, please.” のイントネーションに気をとられがちになる。しかし、 “〜, please.” にはいくつかのイントネーションがあり、強調しない限り、どのイントネーションを使っても大差はない。 “〜, please.” 自体がすでに述べたことに少々丁寧さをつけ加えるだけで、重要な発言情報を含んでいないのである。ここにあげた音声のように軽く上げるとやわらかい印象を与え、軽く下げると少し強くお願いする感じになる。低いトーンのまま平に、“, please(→).”とつけ加えることもある。
“A or B?” の句についても異なるイントネーションのパターンがある。
「A とか B とか、何かいかがでしょうか」
さらに以下の会話を聞いてみよう。銀行員が客に身分を証明するものの提示を求めるところである。
サンプル音声 3 銀行員:
Do you have any ID? Perhaps a driver's license or a passport? (Any ID_.mp3)
サンプル音声 4 客:
I have my passport. (My passport.mp3)
それに対し、客は “I have my passport.” 「パスポート、持ってます」と 下降調で答えている。“passport” では、「パス」の部分が高く「ポート」の部分がかなり低くなっている。日本語で「パスポート」と言うときはそんなにトーンを変えないので、慣れないうちは意識して練習する必要のあるイントネーションである。
イントネーションが上昇調か下降調かで、相手に判断をゆだねるのか、こちらの意思をはっきりと示すのか、あるいは、もっと言いたいことがあるという含みを持たせるのか、はっきりと言い切ってしまうのか、言葉の意味するところは違ってくる。一見、同じような形の句や文がイントネーションの違いで異なる意味を持つのである。
こうしたイントネーションのパターンと意味を学ぶのには二通りの方法がある。ひとつは音声を何度も聞くことによって、自然に身につける方法で、もうひとつは説明を聞きながら音声を聞いたりリピートしたりして意識的に学ぶ方法である。前者だと学ぶのに時間がかかるし、音を聞く能力は人によって異なるので、人によっては何度聞いても、なかなかイントネーションの違いを学べない人もいる。
日本人が英語を外国語として学ぶ場合、 後者の方がいいのではないだろうか。上昇調、下降調、下降上昇調(降昇調)のような基本的なイントネーションを要所、要所で説明する程度でかまわない。英語の授業中、音声を聞いてリピートするのは、学習者は普通にしていることなので、そこに時々、イントネーションの説明が加わっても学習者にとっては負担ではないし、イントネーションによる意味の違いなども理解しやすくなる。ただし、それには、このようなイントネーションの違いを先生が説明しなければならず、説明ができる先生を養成する必要がある。 それはそれで長い道のりのように思える。学習者の迂回路を短縮するには、それなりの負担を覚悟しなければならない。