5. May I have your name, please? : イントネーション
2009/11/18
“May I have your name?”のイントネーションが上昇調であることは説明するまでもない。では、それに“..., please?”がつくとどうなるのか? コンマの前でトーンが上がるのか、下がるのか、コンマの後の “please” は上昇か、下降か、あるいは他のパターンなのか? 突然、こういう質問を受けて戸惑った経験はないだろうか? 英語を教えているネイティブ・スピーカーにイントネーションの質問をすると声に出して言ってみてから答える人が多い。母国語なら意識せずにイントネーションを操り、意思を伝えているからである。
ところが、外国語として英語を学ぶ者にとって、特に初心者にとっては、“..., please”のイントネーションにパターンの違いがあるのは不思議に思えるのである。こうした初心者の質問に答えて、基本的なイントネーションのパターンを説明することは大切かもしれないと思うようになった。音声を何度も聞いてイントネーションが分かったつもりでも、いつのまにか不自然なイントネーションで話していて、意図するのとは違うトーンになってしまうことがあるからである。基本的なパターンを理解していれば、音声を聞いて練習するときに注意するべきポイントがわかり、そうしたトーンの変化(悪化)を防ぐことができる。
下記のサンプル音声はいずれも“..., please?”で終わる文である。自分のイントネーションに興味のある方は、サンプル1~3の文を自分で読んで、次に示した A, B, C 3段階の方法で録音してみるとおもしろいかもしれない。自分の読んだものとサンプルを比べ、3種類ともサンプルと差がなければイントネーションに自信が持てるだろう。
A. サンプルを聞かずに自分が読むのを録音
B. サンプルを聞いて真似て言ったものを録音
C. サンプルの下の説明を読んだあとで、トーンを変える位置に注意しながら言ったものを録音
サンプル1と2はいずれも名前を言ってもらうよう依頼する一般的な言い方で、サンプル3は、名前を聞いたあとでそのスペルを教えてもらうよう依頼する表現である。
サンプル1:Your name, please?(Your name_please.mp3)
サンプル2:May I have your name, please?(May I have_please.mp3)
サンプル3:Could you spell it for me, please?(spell_please.mp3)
サンプルの文は、“, please”の前がYes-No疑問文なので上昇調である。
“, please”の前でイントネーションをいったん下降調にすると命令口調に聞こえる。名前を言えと相手に命令するのは失礼なので、名前を言うか言わないかの判断は相手にゆだねる形にするのである。
また同じように、スペルを言えと命令するのではなく、スペルを言ってくれるかくれないかの判断を相手にゆだねる上昇調にして、丁寧に依頼する。
コンマの前が上昇調だとその後の“please”も上昇調で、たいていはコンマの前の疑問文の上昇調にのって、コンマの後も引き続いて上昇する。ここで重要なのはトーンの上げ始めである。 サンプル1と2は、“name”の“a”のあたりから“please”の最後のところにかけて、トーンを徐々に上げていく。また、サンプル3は、“spell”の“e”のあたりから“please”の最後のところまで徐々に上げいくと自然な感じになる。
話し手や状況により異なるが、トーンは文中で微妙に変化する。ただ、どのネイティブ・スピーカーも、文末、あるいは句末の文強勢のところで、一様にトーンを変える。したがって、トーンの変わる位置をさがし出すには文末や句末の内容語(単語自体が意味を持っている語)のアクセントの位置を見つけるとよい。
サンプル3のセンテンスの句末には“it for me”という代名詞や前置詞、すなわち機能語が句末に並んでいるので、最後の内容語である“spell”から文末までトーンがなだらかに上昇していくのである。
「上昇調はゆるやかに上昇する」という性質を考えず、上昇調ということだけを念頭において発音すると、最後の“please”のところで急にトーンを上げてしまいがちである。また、サンプル3の場合などは me”のところでトーンをあげてしまうこともある。音声をリピートする際、文字を読むのではなく、目をつぶって音声に集中した方がいいかもしれない。というのも、文字やクエスチョンマークに気を取られると、音声を真似ているつもりでも、文末で急にトーンを上げることがあるからである。
「上昇調はゆるやかに上昇する」という性質を知っているだけでも、上昇調の表現を練習するのに役立つし、「この位置から徐々にイントネーションを上げて……」などと教えてもらえると英語学習者にとって、もっとコツをつかみやすくなるだろう。ただ、とてもなだらかな上昇を示す図を英文に入れるのは困難だからか、そういうイントネーション記号は見たことがない。
イントネーションは図に表しにくいし、実際には複雑なパターンがあり、それぞれ微妙な意味を持つのでパターン化して教えるのが難しいことは十分承知しているが、それでも、ごく基本的なパターンだけでも習う機会を作るわけにはいかないものだろうかと考える。外国語を学ぶには文法のルールが必要になのと同じで、音に関してもある程度ルールを理解する方が学びやすくないだろうか。母国語なら無意識のうちに操れるルールも、外国語となるとそうはいかない。よほどの時間をかけない限り、自然には身につかないのである。
外国語の学習は、語彙やルールを知識として蓄え、その知識を運用する、すなわち言葉として話してみるということの繰り返しである。知識が少ないと運用ができず、自分の言葉の伝え方がそれでいいのかどうか判断しようのない事態になる。英語の音に関しては、運用に不可欠な知識が少なすぎ、もっと学ぶべきはないかという気がする。
英語の音の学びには早期教育が必要という情報もあるが、実際には、音を聞いて真似る力といえども子どもによってかなりの差がある。真似ることが上手な子どもでもすぐに忘れてしまうこともある。耳からすんなり入ってきたとしても、実際に使う機会のない言葉がそのうち記憶から消えていくのは当然である。「英語でコミュニケーションのとれる日本人を育成しよう」という方向性を定めるのであれば、英語の導入時期をいつにするかということよりも、何を教えるかということを先に考えるべきではないだろうか。そうしなければ、英語学習の回り道がなくならない、いや、もしかして迂回度がさらに大きくなっているのではと感じるのである。